大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

熊本地方裁判所 昭和53年(行ウ)5号 判決 1982年5月20日

原告 財団法人天下一家の会

被告 熊本地方法務局登記官

訴訟代理人 上野至 金丸義雄 大原哲三 田中清 南新茂 横内英夫 大村弘一 樅木孝雄 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し昭和五二年一二月一〇日付けでなした別紙記載の登記の抹消処分はこれを取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、昭和五二年一一月八日、原告に対し、別紙記載1ないし3の各登記(以下「本件登記」という。)につき、「内村健一、内村文伴、中谷正次郎、市野毅及び有働清松の理事就任は、既に任期満了によつて理事を退任した者の同意を得て、かつ、会長でない者の委嘱によつて理事に選任されたものであるから、無効であり、したがつて適法に構成された理事会でないものの決議によつてなされた各登記も無効である」との理由要旨により、昭和五二年一二月七日までに異議の申立がないときは、これを抹消する旨通知した。

2  原告は、これにつき、同月三〇日被告に対し異議を申立てたが、被告は同年一二月八日異議を却下し、同月一〇日本件登記の抹消処分(以下「本件処分」という。)をした。

3  原告は、本件処分につき、同月二三日、熊本地方法務局長に対し審査請求をなしたが、同局長は、昭和五三年三月二日審査請求を棄却した。

4  しかしながら、本件処分には、以下の違法事由が存し違法であるから、右処分は取り消されるべきである。

(一) 本件登記は実体上も有効なものであり、登記官の判断は、任期満了による退任理事の権限について、法律の解釈を誤つた違法がある。

(1) 法人と理事との間の法律関係は、委任ないし準委任関係と解されており、従つて、委任終了後の受任者の善処義務を定めた民法六五四条の規定が理事の任期満了後の法律関係にも適用され、任期満了によつて退任した理事は、後任理事が選任されるまでの間は、なお必要な処分をする権利及び義務を有するものであつて、後任理事の選任もその権限内の行為である。このように解しないと、前理事が任期満了によつて退任したのに後任の理事が選任されない場合には、その間法人の事務執行は停止せざるをえなくなり、さらには、本件のように、「理事は理事の三分の二以上の同意を得、会長が委嘱する。」と理事の選任方法が定款寄付行為に定められている場合には、任期満了によつて退任した理事によつて後任の理事が選任できないとすれば、法人は前理事の任期満了によつて事実上事業活動ができないことになつてしまい、甚だ不都合な結果となる。

なお、昭和二八年二月五日開催された理事会において、原告(名称変更前の肥後厚生会)は、当時運営していた「健軍保育園」を熊本市に委譲する決議をすると同時に、現理事の任期は後任理事の決定するまでとすることを確認する決議をなしている事実も存する。

(2) このようにして、前理事たる有働清松、緒方喜明は理事として、また、有働清松は同時に会長としての権利義務を有していたのであり、昭和四八年三月一〇日、前理事たる右二名の出席のもとに開催された理事会において、両名の同意によつてなされた前記1記載の内村健一外四名の新理事選任行為は有効である。従つて、これらの理事によつて構成された理事会の決議も有効であり、また内村健一の会長就任も有効である。

(二) 本件処分は、登記官の審査権限の範囲を超えてなされたから、違法である。

(1) 本来登記官は、登記申請に対して実質的審査権を有しない。ただ、その例外として商業登記法一〇九条、一一〇条に、登記された事項に無効の原因があることを登記官が発見したときは、職権抹消できる旨が規定されているが、これとても審査権の及ぶ範囲は登記申請書、その添付書類及び当該登記簿のみであり、これらの書類上から、明白に、登記された事項につき無効の原因が見出されるときに限定して、職権抹消ができるに過ぎないのであつて、任期満了による退任理事によつてなされた行為が有効か無効かにまで、一登記官に審査権限を認めることはできない。

非訟事件手続法によつて準用される商業登記法一一〇条一項、一〇九条一項二号本文、一一二条等の規定によれば、「登記官は、登記された事項につき無効の原因があることを発見したときは、登記を抹消しなければならない」ということに一応なつているが、職権抹消するのは、一登記官が行うのであり、抹消しうる場合の「登記された事項につき無効の原因があること」というのは、どの登記官がみても、無効の原因の存することが明白な場合、無効の原因が存することが明確に判断できる場合でなければならない。もともと登記官の審査権限は形式的なものであつて、同法一〇九条一項二号本文の「登記された事項につき無効の原因があること」というのも、形式的な審査の範囲内で明確にこれが見出される場合に限定して、職権抹消をすることが許されるのである。本件において、理事就任登記に無効の原因があるかどうかについて結論を出すまでには、寄付行為に「任期伸長規定」のない場合の「期間満了による退任理事の退任後の職務権限の範囲如何」についての法律的解釈、判断をともなう実体上の判断を必要とし、添付書類の審査のみによつては、どの登記官にも容易に明確に無効の原因があることを発見できるというものではない。

(2) ところで、本件各登記の職権抹消については、熊本地方法務局において、自発的に対象材料としたものではなく、昭和五二年九月二九日開催の第八二回国会衆議院「物価問題等に関する特別委員会連鎖販売・ネズミ講等調査小委員会」(以下同日開催のものを「第一回物特委」、同年一一月一一日開催のものを「第二回物特委」という。)において、出席小委員から「財団法人天下一家の会」の商号を抹消すべく執拗に迫られ、政府説明員は抹消できない旨説明したが、さらに出席小委員から、抹消するよう強い要望がなされたので、政府及び法務省は、熊本地方法務局に対し、登記抹消の方法を検討するよう指示し、法務省でも登記関係の一件書類をもう一度全部始めから洗い直した結果、被告主張のような理由によつて職権抹消しうるとの結論に達し、熊本地方法務局とも打ち合わせをして抹消するよう指示し、同年一一月八日付で、被告名にて、抹消通知を原告宛に発したのである。このような経過からすれば、本件職権抹消しうる登記の無効の原因について、一登記官がみて無効の原因があることが明白な場合に該当するとはとうていいえないところである。

(3) 任期満了による退任理事に新理事を選任しうる権利、権限があるか否かについては、これを積極に解する学説、裁判例も存するところであり、かつ、登記官の職務権限の範囲内からしても、一登記官に右の点を判断すべき権限が存するとはとうていいえず、また、かかる重大な判断をする権限を一登記官に与えるべきではない。

(4) 登記先例(登記関係先例集IV下二九一ページ)も、退任理事の権限について一つの見解を示しているに過ぎず、任期満了による退任理事によつて選任された理事による理事会決議によつてなされた事項についての登記申請はこれを却下すべきとか、あるいは、既に右事項について登記がなされた場合、その登記は無効であるから後日これを発見したときは、職権抹消すべきである旨を指示しているのではないから、本件各登記を職権抹消しうる先例とは何らいえない。従つて、右先例が存するとしても、新理事による理事会決議によつてなされた登記が有効か否かの判断は、まさに法律的解釈をともなう実体的判断であつて、登記官の審査権限の範囲外である。

(5) 熊本市上通町二番二三号に事務所を有する財団法人肥後建極会の場合は、旧理事は昭和二七年六月二九日に期間満了により退任し、この退任した旧理事によつて同四八年二月一七日に新理事が選任されたとして、同年三月三日に新理事の就任登記がなされている。これはまさに原告の場合と同一事例である。右肥後建極会については、「任期伸長規定」が存するから退任後何年たつても新理事選任行為は有効であるとしつつ、他方原告については、このような規定が存しないから、無効であるというのであるが、このように区別して解釈しなければならない根拠はない。寄付行為中の任期伸長規定は退任理事についての権利権限の創設規定ではなく、単に確認規定であると思料される。いつたん登記された事項については公のものとしてそれを信頼すべきことは両者に全く変わりはない。それを単に「任期伸長規定」が存在しない場合には理事選任行為は無効だとして職権で乗り出して抹消しうるというのは、甚だ片手落ちな一方的な解釈であり、権利関係の安定という面からも許されるべきではない。

(6) 以上本件各登記を抹消するに至つた経過及び本件各登記を抹消する全てのもとをなす理事就任登記に無効の原因があるとしたその理由からして、登記された事項について無効の原因があることが、一登記官によつて容易に明確に判断できる場合ではなく、従つて、商業登記法一一〇条、一〇九条一項二号本文には該当せざるものであつて、被告は一登記官に与えられている職務権限外の処分をなしたものである。理事就任登記が職権抹消できないものである以上、その理事による理事会の決議に基くその余の全ての本件各登記も職権抹消しえざるものであり、被告の本件各登記の職権抹消は違法といわざるをえない。

(三) 財団法人肥後厚生会の設立以来の真正な寄付行為には役員の「任期伸長規定」「退任者が権利義務を有する旨の規定」が設けられていたから、新理事選任行為は有効であり、従つて、財団法人天下一家の会に関する各登記も有効であつたのであり、職権抹消されるべきではなかつた。

(1) 財団法人肥後厚生会は、昭和二二年七月二八日設立した団体であるが、設立した当初、原始の寄付行為を有していた。ところが長年月の間に右寄付行為を肥後厚生会において紛失したため、主務官庁である熊本県社会課に右寄付行為が当然保管されているものと考え、昭和四八年四月二〇日の旧理事退任、新理事選任に先立つて、同県において探してもらつたところ、見当らないとのことであつた。そこで肥後厚生会において、止むを得ず、肥後厚生会の商業登記簿謄本及び財団法人の寄付行為のひな型を参照して作成したのが、同月二〇日受付第一四一号財団法人登記変更申請書に添付された行為である。従つてこの添付された寄付行為は、右原始寄付行為とは相違するもので異なる内容になつたのである。しかし、熊本県の態度に不審を抱いた原告が、更に強硬に申し入れた結果、同県福祉生活部家庭児童課に、昭和二三年八月三日原告が児童福祉法に基づいて健軍保育園の設立認可を申請するに際して提出したものが存在したとして、原始寄付行為の写しを受領することができた。この原始寄付行為によれば、第二〇条に「各役員ノ任期ハ会長ハ三ヶ年其ノ他ハ総ベテ二ヶ年トス但シ再任ヲ妨ゲズ」、第二一条に「役員ハ任期満了後ト雖モ後任者ノ就任スルニ至ル迄其ノ職務ヲ行フモノトス」と各定められ、後任者が就任するまでの任期伸長規定が設けられているのである。

(2) 本件職権抹消の理由によれば、登記申請書に添付された寄付行為に任期満了の理事について「任期伸長規定」が設けられていないから、理事就任登記のもとをなす退任理事による新理事選任行為が無効であるというのである。このような実体上の判断、法律上の判断をするからには、単に添付書類のみではなく、あらゆる資料を検討すべきであり、また検討しなければできないはずである。登記申請に当つて添付された寄付行為は単に一つの資料として添付されているに過ぎないものであつて、理事選任手続の効力を証する書面として添付されるものではなく、かつまた、それによつてその内容の実質的真正が担保されるものではないのである。被告が、昭和五二年一一月八日の抹消通知を出す時点までには、真正な原始寄付行為の存在することを、法務省及び熊本地方法務局において充分承知していたことは、第一回及び第二回物特委の質疑内容から明らかである。右原始寄付行為には、任期伸長規定が存し、任期満了による退任理事は、新理事を選任する権利義務を有していたのであるから、新理事の選任行為は有効であつたといわざるをえない。そして真正な寄付行為が存在するかぎり、実体関係はこの寄付行為によつて判断すべきことは当然である。

(四) 被告の方で登記の誤りに気づき事前にその旨を原告に知らせてくれさえすれば、原告としてはそれまでの法律関係を維持すべく何らかの手当ができたはずである。原始寄付行為の写しも入手していたので、これを被告に提出する等して本件各登記の有効性を維持、主張することもできたのである。しかるに被告はかかる機会を何ら与えることなく、自らの誤りを棚に上げ、右のような、突然登記抹消という方法で原告に通知してきたのである。かかる行為は行政のとるべき態度ではない。

なるほど被告が抹消通知をする際、異議があれば述べるよう原告に通知がなされてはいるが、抹消通知をする登記官と異議について判断する登記官は同一の登記官であり、また審査請求に対して裁決するのも処分登記官の所属する法務局の長である。本件各登記の職権抹消については法務省と熊本地方法務局との間で打ち合わせ検討した結果であるから、最初から異議等が容れられる余地は全くないのである。従つて、原告には権利擁護の機会は事実上全く与えられていなかつたのである。

(五) 本件事務所移転、資産の総額変更、名称変更の各登記はいずれも寄付行為の変更として、知事の許可書の添付を要することを看過して登記手続を行つた登記官のミスによるものである。そして登記官の手続上のミスによつて受け付けられた登記は職権によつて抹消することはできないのである。

(六) 原告が理事就任の登記を含め、右の登記をしたのは昭和四八年四月、五月である。そして、その後本件各登記が抹消されるまでの四年半もの間、登記は有効なものとして、原告は「財団法人天下一家の会」として、また各理事は理事として種々の活動を営んでき、原告は財政的基盤を強化し、社会と直接に諸般の交渉をもつてきたのである。いつたん登記がなされると、それに基いて種々の権利関係が発生していくのである。これを登記官が職権で乗り出して、永年の間安定していた権利関係を破壊するような行為をすることは大きな幣害が生ずるのであつて法の予想せざるところである。実体上の争いある者が登記を是正していくのが登記法の建前である。本件各登記の職権抹消は、まさにこの信頼の原則を破壊するもので登記法の予想せざるところであつて、違法である。

(七) 本件処分は、第一回及び第二回物特委の質疑内容及び前記した本件各登記が抹消されるに至つた経過からみれば、ネズミ講潰しの一端として政策的配慮からなされたものであり、違法である。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3は認める。

2  同4の各主張はいずれも争う。但し、昭和二八年二月五日開催された理事会において、現理事の任期は後任理事の決定するまでとすることを確認する決議をなしているとの事実は不知。

三  被告の主張

1  任期満了によつて理事を退任した者の権限について

民法法人の理事の任期について定款又は寄付行為に定めがある場合に、任期満了により理事を退任した者は、民法六五四条の規定の準用により、その地位を退いた後も後任者の定まるまでは、善処すべき義務を有すると考えられるが、この善処義務といわれるものは事務管理的なものであつて、これには在任中の理事の権限としての後任理事の選任権は含まれないと解すべきである。このことは、民法五六条が仮理事選任の制度を設け、後任理事を選任する必要がある緊急の事態に対処しようとしていることからも首肯しうるところである。

2  登記官の審査権の範囲について

登記の申請がなされた場合に、登記官は当該申請の受否についていかなる範囲において審査する権限を有するかについては、非訟事件手続法一二四条で準用する商業登記法二四条に定められている。これによると、登記官は、登記の申請に対し、単なる申請手続の適法性に関する形式面の審査を行うにとどまらず、登記申請書、その添付書類及び当該法人の登記簿の記載に照らして判断することが可能な限度において、申請の内容をなすところの登記すべき事項につき、無効又は取消しの原因がないかどうかについてまで審査をする権限を有するのである。

そして、登記すべき事項につき無効又は取消しの原因があるのを看過して登記の申請が受理されたため、登記された事項に無効の原因があるときは、登記官は、所定の手続(非訟事件手続法一二四条で準用する商業登記法一一〇条ないし一一二条)を経たうえ、当該登記を職権で抹消することができるのであつて、この場合に「登記された事項につき無効の原因がある」かどうかについては、登記官は、登記申請の際の審査と同様、当該登記申請書、その添付書類及び当該法人の登記簿の記載に照らして判断することができるのである。

3  処分の適法性について

昭和四八年四月二〇日受付第一四一号財団法人登記変更申請書に添付されている財団法人肥後厚生会の寄付行為には、後任者が就任するまでの「任期伸長規定」あるいは「退任者が権利義務を有する旨の規定」は設けられていない。財団法人肥後厚生会は、昭和二二年七月二八日に成立しているから、設立当初の理事有働清松、緒方喜明、萩久保馨及び坂口義雄は、昭和二五年七月二八日にその任期が満了していたことになる。もつとも、同じく登記申請書に添付されている昭和四八年三月一〇日付第八回理事会議事録には、右有働清松ほか三名の理事は昭和二七年一〇月一〇日任期満了している旨記載されているが、仮に任期満了の時期につき、これに従うとしても、右議事録の記載によれば、本件財団法人は遅くとも昭和二七年当時から休眠状態にあり、また理事会も全く開催されていなかつたことが明らかであり、従つて、昭和二七年一〇月一〇日以降右理事会が開かれるまでの間に、理事の改選が全く行われていなかつたことは明らかである。

次に右寄付行為によると、「理事は、理事の三分の二以上の同意を得、会長が委嘱する。」とされているが、右理事会議事録によれば、右理事会において、設立当初の理事四名のうち、萩久保馨を除く有働清松、緒方喜明及び坂口義雄の三名が出席し、これらが全員一致で、内村健一外四名を新理事に選任する旨の決議がなされている。また、右寄付行為によると、「会長の任期は理事として在任する期間とする。」と定められているから、設立当初の会長であつた有働清松は、右理事会において新理事の選任決議がなされた当時、会長の任期も満了していたことになる。

そうであるとすると、右内村健一ほか四名の理事選任は任期満了により理事又は会長を退任し、後任理事を選任する権限を全く有しない者のみによつてなされた無効のものといわなければならず、従つて昭和四八年四月二〇日付の右内村健一ほか四名の理事就任の登記は、商業登記法一〇九条一項二号にいう「登記された事項につき無効の原因があるとき」に該当し、職権抹消の対象となることは明らかである。

このように、内村健一ほか四名の理事就任は無効であるから、これらの者によつて構成された理事会の決議も無効であり、また資産の増加は寄付その他による財産の増加が原因であるが、それには法人の代表者が法人のために贈与契約の相手方となり財産を受領する行為が必要であつて、代表者が不在の法人において資産が増加することはありえず、従つて本件登記についてはいずれも無効の原因があることが明らかであるので、職権抹消を免れない。

4  原始寄付行為の存在について

仮に原告主張の寄付行為が本件財団法人の真正な寄付行為であるとしても、本件財団法人変更登記申請書及びその添付書類、並びに本件異議申立書等に何ら添付された書類ではないので、元来登記官の審査権限外の実体的事実に基づく主張であるというべく、本件処分の適否の判断に何ら影響を及ぼすものではない。

5  なお、原告は、被告の方で登記の誤りに気づき事前にその旨を原告に知らせてくれさえすれば原告としてはそれまでの有効な法律関係を維持すべく何らかの手当ができたはずであると主張するが、被告登記官は商業登記法一一〇条の規定により昭和五二年一一月八日付登第一〇八八号をもつて登記が無効であるから抹消する旨及びこれに異議があれば述べるよう通知しており、原告に対して十分権利擁護の機会を与えている。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1ないし3の各事実は当事者間に争いがなく、原本の存在及び成立に争いのない甲第一、第二号証、成立に争いのない乙第一号証の一ないし一三、第二号証の一ないし四、第三号証の一ないし七、第五、第六号証、証人有働清松、同馬原志磨子、同上田八洲男の各証言、原告代表者の尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、財団法人肥後厚生会(以下「本件財団法人」という。)は、熊本県認可の財団法人であり、昭和二二年七月二八日設立許可を受けたが、設立登記は昭和二四年一〇月一〇日になされたこと、登記簿の記載によれば、同法人の目的は、「生活困窮者対策遂行の一翼として保護並びに援護に関する各種事業を行い、政府の施策と相俟ち困窮者層の円滑急速なる厚生に資し、社会福祉を増進するため、左の事業を行うを以つて目的とす。1母子寮及び保育園の経営2遺家族の援護事業3保健並びに衛生事業4制材木工精米工場の経営5授産場及び臨時授産場の経営6職業補導所の経営7托児所及び孤児院の経営8消費組合及び販売組合の経営9共同作業組合の経営10「エリ蚕」並びに紡績加工業11その他保護並びに援護事業12右事業達成に必要なる事業」とされ、設立当初の理事は、有働清松、緒方喜明、萩久保馨、坂口義雄の四名であつたこと、別紙記載1の登記は、昭和四八年四月二〇日、右四名の理事の昭和二七年一〇月一〇日任期満了による退任の登記、新理事内村健一、内村文伴、中谷正次郎、市野毅、有働清松の昭和四八年三月一〇日就任の登記、熊本市健軍町六〇〇〇番地から同市本山町六三五番地第一相互ビル内へ同月一四日主たる事務所移転の登記、資産の総額につき金一七万一〇〇〇円から金三〇〇万円へ同月三一日変更の登記の各申請が、新理事内村健一代理人桜木五六からなされ、いずれも昭和四八年四月二〇日付でその旨の登記がなされたものであること、別紙記載2の登記は、昭和四八年五月一八日、「財団法人肥後厚生会」の名称を「財団法人天下一家の会」に同月一四日変更の登記申請が理事内村健一代理人内村文伴からなされ、同月一八日、その旨の登記がなされたものであること、別紙記載3の登記は、昭和五〇年六月一〇日、理事有働清松の昭和四八年七月二六日辞任による退任、新理事内村龍象の昭和五〇年五月二九日就任の登記、資産の総額につき金三〇〇万円から金一二億八三一一万四六六二円に同日変更の登記の各申請が理事内村健一代理人上田正義からなされ、同年六月一〇日その旨の変更登記がなされたものであることが認められる。

二  ところで原告は、任期満了によつて退任した理事は後任理事が選任されるまでの間なお必要な処分をする権利及び義務を有するものであつて、後任理事の選任もその権限内の行為であるから、本件登記は実体上も有効なものというべく、したがつて、本件処分は任期満了による退任理事の権限について実体法の解釈を誤つた違法がある旨主張するので、以下この点について判断する。

そこで、まず、任期満了によつて理事を退任した者の権限について検討する。

民法上の法人の理事について定款又は寄付行為に任期の定めがある場合において、任期満了により理事を退任した者については、理事と法人との間の法律関係が委任ないし準委任関係と解されるところから、委任終了後の受任者の善処義務を定めた民法六五四条の規定がこの場合も適用になり、任期満了によつて退任した理事は、後任理事が選任されるまでの間、急迫の事情があるときは、なお必要な処分をなす権利及び義務を有するものといわなければならない。しかし、受任者たる理事が右のような善処義務を負わせられるのは「急迫ノ事情アルトキ」にすぎないのであるから、その限度を超えて定款又は寄付行為にその旨の定めがないのに、任期満了によつて退任した理事が、つねに、後任理事が就任するまでの間理事としての権利及び義務を有するというものではない。したがつて、在任中の理事の権限としての後任理事の選任権についても、本来任期満了による退任理事の権限に含まれないというべきであつて、ただ、急迫の事情があるとき応急の処分として後任理事の選任権を行使しうるかが、一つの問題となるにすぎないのであるが、理論上は、そのような応急の処分として後任理事の選任権を行使しうる余地が残されていると考えられる。

任期満了による退任理事の権限について右のように解するのは、民法に商法二五八条一項のような明文の規定がないこと、定款あるいは寄付行為により理事の任期を定めないこともできるし、また、これを定めた場合後任者就任までの「任期伸長規定」あるいは「退任者が権利義務を有する旨の規定」を設けることもできるのに、それをあえて理事につき任期を定めながら退任者の権利義務に関する規定を置かなかつたのは、当該法人としては理事は任期満了により当然にその地位及び権限を失う趣旨を定めたものと解すべきであることなどから、そのように解するのが相当と考えられるのである。

なお、原告は、任期満了によつて退任した理事に後任理事の選任権がないとすると、本件財団法人のような理事選任の方法が定められている法人については、前理事の任期満了によつて事実上事業活動ができないことになつてしまい甚だ不都合な結果となるとの指摘をするが、この点は民法五六条により仮理事を選任することで対処すべきものであつて、原告が指摘するようにはいえない。

ところで、前期乙第一号証の一ないし一三によれば、昭和四八年四月二〇日受付第一四一号財団法人登記変更申請書に添付されている本件財団法人の寄付行為には、「理事は、理事の三分の二以上の同意を得、会長が委嘱する。」とされ、理事の任期として、「役員の任期は三年とする。但し再任を妨げない。補欠役員の任期は前任者の残任期間とする。」と規定されているが、「後任者が就任するまでの任期伸長規定」、あるいは「退任者が権利義務を有する旨の規定」は設けられておらず、なお、「会長の任期は理事として在任する期間とする。」と定められていることが認められるが、本件財団法人が昭和二二年七月二八日に設立許可を受けたことは、前記一で認定したとおりであるので、右寄付行為の規定に従えば、有働清松外三名の設立当初の理事の任期は昭和二五年七月二八日に満了していることになる。もつとも、右申請書に添付された昭和四八年三月一〇日付第八回理事会議事録(乙第一号証の二)には、昭和二七年一〇月一〇日任期満了につき退任との記載があり、これは設立登記が昭和二四年一〇月一〇日になされていることから、この日から、三年と考えたものと思われるが、民法法人の設立登記は、成立要件ではなく、対抗要件に過ぎないから、設立当初の理事の任期は法人成立の時である主務官庁の許可の時から起算すべきであつて、有働清松外三名の理事の任期は、右のとおり昭和二五年七月二八日に満了しているものである。そして、右議事録には、「議案審議に先きだち有働会長より本法人設立より今日に至るまでの経過を大要次のように説明して全員の承認を得た。我が国の歴史に於いて最も経済的にも精神的にも混乱期といわれた終戦直後県下のトップを切つて本法人が設立され、当時としては本法人の目的に基づいて社会的にも貢献したが、其の後経済ならびに民生の安定と共に本法人の活動も低調になり、以来今日まで資金的客観的諸条件の下に心ならずも仮眠状態を続けて参りました。従つて当然開くべき理事会も御承知の通り開催せず今日に至つたことは登記面に於いても当初のままであり、本法人の責任者として誠に面目なく、その点深く関係各位に対してお詫びを申し度い。」と記載されているところ、右記載と、有働清松外三名の理事が昭和二七年一〇月一〇日任期満了により退任した旨の前記の記載とによれば、本件財団法人については、遅くとも昭和二七年一〇月一〇日以降右理事会が開かれるまでの間に、理事の改選が全く行われていなかつたことが明らかである。なお、設立当初の会長有働清松は、右寄付行為により会長の任期は理事として在任する期間とするとされていたことから、会長としての任期も満了していたものである。

右議事録には、昭和四八年三月一八日の理事会において、設立当初の理事四名のうち萩久保馨を除く有働清松、緒方喜明、坂口義雄が出席し、これらが全員一致で内村健一外四名を新理事に選任し、直ちにこれら五名が就任を受諾した旨記載されているので、既に述べたところから明らかなとおり、右新理事選任行為は、いずれも任期満了によつて理事を退任した旧理事のみによつてなされたことになる。そして、議案審議に先立つて有働清松からなされた説明に関する前記議事録の記載等によれば、本件が「急迫ノ事情アルトキ」に該当しないことも明白である。

したがつて、右申請書等から認められる事実関係のもとでの新理事選任行為は無権限者によつて行われた無効のものといわなければならず、これと同趣旨である登記官の判断に実体法の解釈を誤つた違法はないから、原告の右主張は採用できない。

三  次に、原告は、登記官が職権抹消をなしうるのは、どの登記官がみても無効の原因が存することが明白な場合でなければならず、本件はそのような場合に該当しないから、本件処分は、登記官の審査権限の範囲を超えてなされたものとして違法である旨の主張をするので、以下この点について検討する。

民法法人の登記の職権抹消手続については、非訟事件手続法一二四条において準用される商業登記法一一〇条ないし一一二条に規定され、その抹消のための実質的要件は、同法一〇九条により、同法二四条一号から三号までに掲げる事由があること、または登記された事項につき無効の原因があること(但し、訴えをもつてのみその無効を主張することができる場合を除く。)と規定されている。そして、これらの規定によると、登記官は、単に形式面の審査にとどまらず、登記された事項につき無効の原因があるかどうかというような実体的事項についても、登記簿、申請書、添付書類等法律上許された資料のみによつてこれが客観的明白に認められる限り、審査権を行使することができると解される。

そこで、これを本件についてみると、前記二によれば、本件新理事選任行為は、任期満了により理事を退任して二〇年以上も経過した者が、何ら急迫の事情が存しない場合であるのに、旧理事としてその選任行為に関与したものであることが、本件変更登記申請書及びその添付書類等から客観的明白に認められるのであつて、退任理事の権限について前記二で述べた法解釈を前提とする以上、右新理事選任行為に無効の原因があることは明らかである。したがつて、昭和四八年四月二〇日付の内村健一外四名の理事就任の登記は、商業登記法一〇九条一項二号にいう「登記された事項につき無効の原因があるとき」に該当し、職権抹消の対象となるものである。そして、前記一で認定したとおり、昭和五〇年六月一〇日には、理事有働清松の昭和四八年七月二六日辞任による退任の登記、新理事内村龍象の昭和五〇年五月二九日就任の登記がなされているが、有働清松の辞任については、辞任は就任を前提とするものであることはいうまでもないから、同人の理事就任が無効である以上、その辞任も無効であり、また、内村龍象の理事就任についても、その選任手続は当時の理事、会長の同意、委嘱によつて行われたものであつて(乙第三号証の一ないし七により認められる。)、それらの理事の就任が無効である以上、無権限者によつて選任されたものとして、これも無効の原因があることが明らかである。したがつて、昭和五〇年六月一〇日の理事変更登記も職権抹消の対象となるものである。

次に、昭和四八年五月一八日の名称変更、同年四月二〇日の事務所移転、同日及び昭和五〇年六月一〇日の資産の総額変更の各登記についてみると、名称変更及び事務所移転については、その就任が無効である内村健一外四名の新理事によつて構成された理事会において議決され、それに基づいてなされたものであることが前記乙第一号証の一ないし一三、第二号証の一ないし四により認められるから、やはり無効の原因があることになり、また資産の総額変更については、資産の増加は寄付その他による財産の増加が原因であるが、それには法人の代表者が法人のために贈与契約の相手方となり、財産を受領する行為が必要であると解されるところ、代表者の理事就任が無効のため代表者が不存在の法人において資産が増加することはありえないから、これについても無効の原因が存することになる。したがつて右の各登記も職権抹消の対象となるものである。

なお、付言すると、無効原因の存否の明白性とは事実関係の明白性をいうものであつて、法律判断の明白性をいうものではないから、登記官としては、申請書類等から客観的明白に認められる事実関係を前提とする限り、たとえ法解釈について見解が分かれている場合であつても正当な法解釈に従つて登記された事項に無効の原因があると判断される以上は当該登記の職権抹消をすることができると解される。したがつて、本件において、退任理事の権限について法解釈に争いがあることは、登記官の審査権限を否定する理由にはならないのである。また、成立に争いのない乙第九号証の一、二及び証人上田八洲男の証言によれば、本件処分がなされるについては原告が請求原因4の(二)(2)において主張するような経緯があつたことが窺われるが、本件では、申請書類等から客観的明白に認められる事実関係のもとで、正当な法解釈に従つて無効の原因があると判断された結果本件登記の職権抹消手続がとられたものであるから、右のような経緯があつたからといつて、本件処分に審査権限を逸脱した違法があるということにはならない。さらに成立に争いのない甲第一〇号証の一、二、証人上田八洲男の証言及び弁論の全趣旨によれば、熊本市上通町二番二三号に主たる事務所を有する財団法人肥後建極会については、旧理事は昭和二七年六月二九日に期間満了により退任し(昭和四八年三月一日退任登記)、この退任した旧理事によつて昭和四八年二月一七日に新理事が選任されたとして、同年三月三日に新理事の就任登記がなされている事実も認められ、これは原告の場合と同一事例の如くであるが、証人上田八洲男の証言によれば、肥後建極会の場合は、寄付行為に任期伸長規定が存することが認められるのであつて、そうだとすると、その理事選任行為に無効の原因があるとは直ちに断じ難いところであり、原告の場合とは前提事実を異にするというべきであるから、原告のみが職権抹消の対象とされたとしても、これをもつて片手落ち、一方的な解釈と非難することはできない。

右のとおりであるから、本件処分に登記官の審査権を逸脱した違法はなく、原告の前記主張は理由がない。

四  次に、原告は、財団法人肥後厚生会の設立以来の真正な寄付行為には役員の「任期伸長規定」ないし「退任者が権利義務を有する旨の規定」が設けられていたから、新理事選任行為は有効であり、従つて本件登記も有効であつたのであり、職権抹消はなされるべきでなかつた、真正な寄付行為が存在するかぎり、実体関係はこれにより判断するのが当然であると主張する。

確かに、前記甲第九号証の二、証人有働清松の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第八号証並びに弁論の全趣旨を総合すれば、本件財団法人登記変更申請書に添付された寄付行為は、本件財団法人において設立当初の原始寄付行為を紛失していたため、原告が同法人の商業登記簿謄本及び財団法人の寄付行為のひな型を参照して作成したもので、原始寄付行為とは異なる内容のものであつたこと、そして、熊本県福祉生活部家庭児童課には、本件財団法人が昭和二三年八月三日児童福祉法に基づいて健軍保育園の設立認可を申請するに際し同法人の寄付行為として提出したものが現在も保管され、これは同法人の原始寄付行為と同一内容であること、右寄付行為には、「各役員ノ任期ハ会長ハ三ケ年其ノ他ハ総ベテ二ケ年トス但シ再任ヲ妨ゲズ」(二〇条)、「役員ハ任期満了後ト雖モ後任者ノ就任スルニ至ル迄其ノ職務ヲ行フモノトス」(二一条)との定めがあることが認められるが、登記された事項に無効の原因があるかどうかの審査は、登記申請書、その添付書類及び当該登記簿の記載にのみ基づいてなされるべきものである。すなわち審査の資料は、申請当事者の提出した登記申請書、その添付書類及び当該登記簿に限られるのであつて、登記官は、申請書等が真実かつ適法に成立したかどうかも含め、それ以上の調査を行うことはできないのであるから、右原始寄付行為の存在は本件処分の適否に影響しないというべきである。したがつて原告の右主張は理由がない。

ところで、本件処分が原始寄付行為の存在にもかかわらず適法であつたことは、右に述べたとおりであるとしても、原始寄付行為によれば本件新理事選任行為は有効であると認められることも事実であるから、それにもかかわらず本件処分が維持されるべきかはひとつの問題である。しかし、新理事選任行為が有効であるとされる結果無効原因のなくなる登記については、当事者が改めて正当な書類を添付して登記申請すればよいのであり、また新理事選任行為が有効とされてもなお無効原因の残されている登記については、登記抹消処分を取り消すとすると無効の登記を回復することになつて甚だ不当な事態を招くことが明らかであるから、いずれにしても本件処分は維持されるべきといわねばならない。

五  次に、原告は、本件処分は、原告がそれまでの法律関係を維持すべく何らかの手当をなすべき機会を与えないままなされたものであり、また原告が異議申立をしてもそれが容れられる余地は最初から全くなかつたのであるから、違法である旨主張するので、以下この点について検討する。

原本の存在及び成立に争いのない甲第三号証の一、二、第四号証及び弁論の全趣旨によれば、被告は、商業登記法一一〇条一項の規定に基づいて、昭和五二年一一月八日付通知書により、本件登記は無効であるから、昭和五二年一二月七日までに異議申立がないときは、これを職権抹消する旨通知していること、これに対し、原告は同年一一月三〇日付で異議申立をしたが、登記官の審査権及び実体法の解釈について反論したにとどまり、原始寄付行為の存在については何ら言及しなかつたことが認められる。

右事実によれば、原告に対しては権利擁護の機会が十分に与えられていたというべきであり、また、正当な異議が述べられさえすれば、それが考慮されないなどということは考え難いところであるから、原告の右主張は採用できない。

六  次に、原告は、本件事務所移転等の登記は、寄付行為の変更として知事の許可書の添付を要するのに、これを看過して登記手続を行つた登記官のミスによるものであり、このように登記官の手続上のミスによつて受け付けられた登記は職権抹消することができないと主張する。

そこで、検討すると、事務所、名称、資産に関する事項はいずれも寄付行為の記載事項であつて(民法三九条、三七条二号ないし四号)、これらの変更には主務官庁の認可を必要とすると解されるから、申請書に認可書が添付されていない場合には、非訟事件手続法一二四条において準用する商業登記法二四条八号に該当し、申請の却下事由となるが、いつたん登記されてしまうと当然にはこれを抹消することができない。しかし、それは認可書の添付を欠いたこと自体を理由として職権抹消することができないというにとどまり、これとは別に、実体上、登記事項に無効の原因があると判断されるときは、同法一一〇条一項、一〇九条一項二号に基づいて、職権抹消の対象となしうることが、明らかであつて、本件の場合がそうである。したがつて原告の右主張は採用できない。

七  次に、本件処分が信頼の原則に反し違法であるかどうかについて検討する。

本件各登記は昭和四八年四月二〇日、同年五月一八日及び昭和五〇年六月一〇日にそれぞれ登記手続がなされており、本件処分は昭和五二年一二月一〇日になされたものであるから、本件処分当時には、最初の登記から既に四年半以上を経過していたものである。このように四年半以上も経過した後になつて急に登記抹消処分を行うというのは、いつたん登記がなされるとそれに基づいて種々の権利関係が発生していくことを考えると永年の間安定していた権利関係を破壊することになり大きな幣害を生ずるかにみえる。しかし、そこで積み重ねられてきた法律関係というのは、登記申請書等から客観的明白に無効の原因があると認められる登記事項を前提としたもので、もとより商法一四条のような規定のない民法上の法人については、その殆んどが効力を否定されるべきものと予想されるのであり、また職権抹消がなされないとすると、そのような不安定な法律関係をさらに積み重ねる結果になるのである。商業登記の主たる目的は、取引上重要な事実を公示して、一般公衆が不測の損害を受けるのを防止することにあり、このような目的からみれば、登記ができるだけ真実と一致することが望ましいことはいうまでもなく、商業登記法が、登記制度の機能を阻害しない限度で、登記官に実質審査の権限を認めるのも、右の要請を満たそうとするものと考えられる。このようにみてくると、また、商業登記法一一〇条ないし一一二条の規定は、登記官は、職務上、登記の職権抹消をなすべき事項を発見したときは、当然にその手続をとるべき旨を定める趣旨であると解されることからすると、登記官が本件職権抹消の手続をとつたことは、それが登記後四年半以上経過していたことを考慮しても、正当である。

したがつて、本件処分は何ら信頼の原則に反するものではなく、原告の主張は理由がない。

八  最後に、本件処分は、ネズミ講潰しの一端として政策的配慮からなされたもので違法であるとの原告の主張について検討すると、登記官は、職務上、登記の職権抹消をなすべき事項を発見したときは当然にその手続をとるのが正当であることは、前記七で述べたとおりであり、本件処分も基本的にはそのような趣旨に沿つてなされたものと認められるから、右主張は採用できない。

九  よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 弘重一明 江口寛志 松本芳希)

別紙

抹消された登記の受付年月日及び受付番号

1 昭和四八年四月二〇日受付第一四一号

2 昭和四八年五月一八日受付第二二二号

3 昭和五〇年六月一〇日受付第三五三号

抹消された登記事項

1 昭和四八年四月二〇日登記した

(イ) 理事就任の登記

(ロ) 事務所移転の登記

(ハ) 資産の総額変更の登記

2 昭和四八年五月一八日登記した名称変更の登記

3 昭和五〇年六月一〇日登記した

(イ) 理事変更の登記

(ロ) 資産の総額変更の登記

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例